風吹荒記・リバース

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意味不明の文章

うまくいかないね


折角考えたものを最高傑作にしたいと思うばかりに、何もできなくなる。
やりたいことがある、のだけれど。
書きたいものがある、のだけれど。

自分の思考をある程度はまとめられたと思ったのだけど、まだ全然駄目みたい。
真摯に向かい合うことって何だろう。
本気になれることって何だろう。
本気になれないものって何だろう。
自分にとって大切な物は。



去年、別垢において「今年(去年のこと)中に書く」と言ったものは結局全然書けていない。途中で迷ってしまった。
それは自分の価値観を、全てをそのままさらけ出すかのように考えた。
今のままでは永遠に完成が見えない。
どのみちここを見る人と別垢のフォロワーとではそこまで被っていないだろうから以下に一体何をしようとしていたのかを置いておく。
別垢の案件と言うことでジャンルが特殊だけれど、その部分まで本文は書けていないし、まあトラウマになるような内容は入っていないと思うので、とりあえずそのまま置く。
ただのテキストファイル。

holy_song.txt
台詞と状況だけを書いたプロット的な何か。これくらいの方が落ち着く。

holy_song_途中まで
途中まで書いたもの。そんなに進んでいない。

このまま書いて本当にいいものになるのかって。
内容にも、それ以外の何もかもにも迷って。

この話を考えた時、閃光というか何と言うか。
何かが走ったような気がしたし、あまりにも自分の描く世界にしっくりきてしまった。
そして思った。これを自らの最高傑作にしたいと。
だが、完成しなければどうしようもない。

希望と光に溢れた世界を。
物語の中にしか無いかもしれない限りない理想を。
救いを。
それを空想の中に描いて。

これを完成させられない自分への苛立ちが募るばかり。
情けなさ。失望。
日が経つにつれて忘れようとして別のことに集中し、そしてふと思い出したときには。
そんな感じ。



もう一つ落ち込む理由。
この物語はいまだに完成せず、眠り続けている。
欠けたオルゴールはまだ日の目を見ず、最後の一人を迎え入れるときを待っている。
ねじが巻かれて、その音を奏でる瞬間を待っている。

物語の生命。
何を馬鹿げたことを、と思うかもしれない。
だけど、過剰なほどに想ってしまう。物語の中にしかいない人を。

いつだったかツイッターでも呟いたことがある。
落ち込んだときには自分の創作キャラを動かして励ましてもらうのだって。
狂ってるとすら思われるかもしれない。実際、かなりおかしいとは思う。
だけどそれが可能であるのは、物語の中の人物が動いているから。
生きていると信じ込んでしまっているから。

元からそんな感じだったけれど、あるゲームでこれが加速した。
イストワールというフリーゲームが、自分の中に命を創りだした。
物語の中の命を信じ込んだ。
それからは、ハッピーエンドしか考えられなくなった。
物語に恨まれたくない。

滅茶苦茶だけど本気でこんなことをここに書いている。
あまりにも馬鹿げている。そう言われれば確かにと頷くしかない。
でもそれが自分の中の真実になってしまっているから仕方ない。

そして、物語を書き終えられないことはその物語への裏切りであるのだと。
尚更自らを縛り付ける。
でもこの考えを捨てることはできない。
あまりにも根付いてしまっている。

そして何より、自らを評価してくれた人への裏切り。
期待への裏切り。
それでありながら自然に遊んでいる自分への憤りと、それを律することのできないことへの再度の失望。


もう創作なんてやめればいいというのがもっともらしい意見であると自分では思う。
だけどそうすればもう自分が自分でない気がする。
人生の半分以上において自らに影響を与えた創作。
時には人を惹き付けることすらできた創作。
それを捨てることは自らを捨てることだと感じた。
そして、離れてみても不意に思い出した。


本当に馬鹿だなって。
大抵は思い込みでしかない。
自分の存在も、あらゆる価値観も全て思い込みというか、滅茶苦茶で理に適わない思考回路から生まれている。
だからそれを捨て去れば全ての悩みが終わって、解放されるはず。だと思うのだが。
実際に離れてみようとしたのが以前の休止期間だけれど。
そうしたら、創作にしがみ付く自分を発見した。
うまく手を付けられていないのに。
真摯に向き合えていないのに。
だというのにひたすらにしがみ付いて離れようとしないわがままな自分が見えた。
そして創作は切っても切れないものだと感じた。
厳密には創作ではなく。
物語を考えることがあまりにも好きで。
それを捨て去ろうとしても捨てられない。
後生大事に取っておくことだろう。



この文章を書いていて思った。
正直、何かおかしい気がする。
でも、何も考えずにただ感情をぶつけてみるとこんなことを書いてしまう。
芝居がかったような、誇張したような。
そんな何か。
でも物語を考え出したのは幼少期の話。
単に思ったことを話そうとすることすら妙な体裁をとってしまうのかもしれない。
こんなところにまで影響が出るくらい、切り離せないものというわけで。
まるで小説の地の文みたいだな、って。実際はだいぶ違うはずだけれども。


上に出したオルゴールの話、もし書き終えることができたならサイトにも置きたい。
どうにも気にかかってしまって。参考資料にでも。

pixivの方にも上げるだろうけれど。
その背景なんてあっちでは分からない。サイトに上げてもなぜ置いてあるかは分からないだろうけれど裏にあることなんて分からない、はず。



ところで何でこんなことを書いているのか。
それは単にどこかに書かないとやっていられないからだと思う。
以前も書いた気がするけれど、単にかまってちゃんをしているだけ。
危うく、というかツイッターにもその端切れを書いてしまった。衝動の赴くまま。
あまりにも考え無しの行動だと言わざるを得ない。
なのにそれを消さないのも、そういうことなのだろうって。

ほんと、滅茶苦茶だな。そう思った。
そして、どうすれば向き合えるのだろう。書くことと。

理想通りの道が歩めたら、どれだけ素敵なことなのだろう?
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