風吹荒記・リバース

すごい鬱々しいけど。

死ぬ気だけは無いし、作りたいものは作っていく。
それは変わる事は無い。
ただ、一つだけ問題となるのは……


人肌がどう、的な事は言ってたけど、最近そういった事が自分でも分からなく。
実際は、人と一定の距離を保っていないとそれ以上に問題が起きる事が分かった。

ここ数ヵ月は、人と会話したりする事も多く、何かそれっぽい疑惑発言もTwitterで飛び出しながら。
そんな感じで、何か充実しているように見えた人も中にはいたのではないでしょうか。
そもそも自分も「これリア充じゃね?」とか考えたりしたけれど。

ところが、そうやって人と接しているうちに、自分の多くの短所が目に付くようになってきた。
いや、短所と言うよりむしろ性格か。
自分は、そもそも人と関わる事を好んでいないのかも、と。

今日、成人式の日の出来事を思い返した。
成人式は楽しく過ごしたものの、その後。同窓会。
誰ともまともに話せなかった。もう、自分には楽しく話せないと思った。
専ら、自分のよく知る分野でしか楽しく人と話すことが出来ないのかも。
それ以外の時は、気は向いてないのかもしれない。
仲のいい友人とか、引いてはそれ以上の相手でも、他愛もない話で楽しい気分になれない、とかそのような感じで。
それじゃあ、話している相手に興味はなくて、その内容そのもののみを相手として話してるのだろうか。
目の前の相手ではない、ゲームだとか、小説だという概念と会話をしてしまっているのだろうか。

そんなことが頭に浮かんで、そしてそうであると感じた。
まともに、相手と話が出来ていない。
それなら、むしろ必要以上に人と話をしようとしなくていいのではないか。

時々、誰かと話す。たまにTwitterでリプライを飛ばしてみる。
それぐらいが一番いいのではないか?

それに、自分には問題がありすぎる。
人と話していて不快に思わせる事が多々あるだろう。
その度に自分も悩む、そんな自分はあまりにも身勝手ではないか。
そうやって自分で自分を更に追い詰める。それを見たら他の人はまた不快に感じるだろう。
それなら、仕事のようなものでなければ、いっその事人と関わろうとしなければいい。
時々ぐらいでいい。強い感情にもとらわれないように。

サークルも辛い。自分がやりたいことはきっと出来ない気がする。
やりたければ自分でやればいい。
小説だってゲームだって大勢でなくとも作ることが出来る。
確かに、人がいなければ悪い所が直せないかもしれない。
だけど、人に受ける物を作るより先に、自分の作りたいものを作る方が先だ。
多くの人とでは、最後に出来た物はおそらく、自分の作りたかった物とは違うものとなる。
いい評価を貰うために作っているわけでもないのだから。
合った人が評価をくれれば嬉しい。
でも、それを積極的に狙うわけでもない。
それが自分の理想像。

でも、それ以上に……人に縛られたくない。
仕事はこの範疇にはあたらないけれど、よく考えればこれは自分が入ろうとしたサークル。
それに縛られているというのは……滑稽すぎる。


もう一ヶ所ある。
とある場所。
人の事を考えるべき場所。
人肌が恋しかったから。
感情が波打ったから。
あそこにいた。
でも、もういれないよ。
わざわざあの場で何か言ったりしない。
自然と消えるよ。

さようなら
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